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中原区の歴史をわかりやすく解説

中原区

中原区は、昭和47年(1972年)4月に川崎市が政令指定都市に移行した際に誕生した街です。

川崎市のほぼ中央に位置し、区域の大部分は平坦部ですが、高津区や横浜市に隣接する井田エリアには豊かな緑の残る丘陵地が広がっています。

東京都心部や横浜へのアクセスに恵まれている事もあって、人口・世帯数は川崎市内7区の中で最大です。

今回は、そんな中原区の歴史を簡単に紹介していきます。

参考:中原区の概要

中原区の歴史

現在の中原区は、元は小杉村という名前で、江戸と平塚の中原御殿を結ぶ「中原街道」の中継地「小杉宿」として栄えた地域でした。

中原区の小杉エリアは、江戸時代からの交通の要所だったのです。

ちなみに、小杉エリアが栄えるきっかけとなる「中原街道」の発祥は、古代にまで遡ります。

相模国国府と武蔵国橘樹郡とを結ぶ道として整備されました。

実は、「中原街道」は東海道よりも歴史ある街道です。

中原街道と東海道
中原街道と東海道(Wikipediaより引用)

「中原街道」と呼ばれるようになったのは、1604年に徳川幕府が整備を行ってからだと言われています。

東海道が整備されると幹線道としての役割は東海道に譲りましたが、江戸ー平塚間をほぼ直線につなぐ道路である「中原街道」は旅人の最速ルートとして利用されたので、相変わらず栄えていたようです。

東海道は大名行列に使われるため、「中原街道」の利用者の多くは、その煩わしさを嫌う庶民や商人だったと言います。

関連:古代から続く道、「中原街道」の歴史とは?

ここまで読んだ方はもうお気づきかと思いますが、「中原」という名前はもともとはこの地域の地名ではありません。

小杉村が中原御殿までの中継地点だったことから「中原」という名前が使われ始めたのです。

「小杉宿」に代表されるように、中原区はその後も交通の要所として発展していく事になります。

現在でも、府中街道、綱島街道、尻手黒川道路、多摩沿線道路などの主要道路が張り巡らされており、交通には困らない地域となっていますね。

また、江戸時代のこのエリアの中心は、中原街道沿いの小杉御殿周辺でした。

関連:中原区に遺跡?!徳川家ご用達の「小杉御殿」 の歴史をわかりやすく解説 | なかはらPR (kawasaki-pr.com)

今は武蔵小杉駅を中心に栄えていますが、かつては、駅が現在位置している所のすぐ近くまで川が流れており、駅周辺のエリアには大正時代まで田んぼが広がっていたそうです。

昭和初期にはNEC富士通が中原区に工場を建設し、同時に大規模な社宅が次々と作られて人口が急増していきます。

当時の中原区は、京浜工業地帯の一翼を担い、日本の高度経済成長を支えて行く存在だったのです。

その流れで、商業施設や風俗街(新丸子)も発展していきました。

現在でも、新丸子に飲み屋が多いのはその名残りだと言われています。

国鉄武蔵小杉駅前(71年・羽田猛さん提供)※引用元:中原の歴史―写真を募集

しかし、バブルの崩壊後の長期に渡る不景気によって、中原区でも閉鎖・移転する工場が急増

武蔵小杉エリアに広大な空白地帯が生まれる事になりました。

そこに目を付けたのが行政と不動産業界です。

都心へのアクセスの良さから、川崎市は武蔵小杉溝の口新百合ヶ丘と並ぶ大規模再開発の拠点と位置付け、工場や社宅の跡地にタワーマンションや、最近ではグランツリーなどのショッピングモールを作っていき、現在の街並みが形成されたのです。

中原区歴史年表

809年(大同4年)  上丸子日枝神社が山王社として創建される。
1156年(保元1年) 宮内春日神社ができる。
1604年(慶長9年) 中原街道が造られる。
1608年(慶長13年) 将軍徳川秀忠小杉仮御殿を建設する。(※詳しくはこちら
1611年(慶長16年) 小泉次大夫、二ヶ領用水の工事を完成する。
1673年(延宝1年) 小杉村の宿駅が整備される。
1764年(明和1年) 野村文左衛門、中原街道沿いに石橋(八百八橋)を架ける。(※詳しくはこちら
1913年(大正2年) 溝口・川崎間(府中街道)を乗り合い馬車が走り、小杉十字路に停留所ができる。
1924年(大正13年) 川崎市制施行。(人口50,188人、戸数5,796戸)
1925年(大正14年) 中原村住吉村が合併し、中原町制施行。
1926年(大正15年) 東京横浜電鉄(現在の東急東横線)丸子多摩川~神奈川駅が開通。
1927年(昭和2年) 南武鉄道(現在のJR南武線)、川崎~登戸駅が開通。
1931年(昭和6年) ガス人道橋としてガス橋が架けられる。
1933年(昭和8年) 中原町川崎市と合併する。
1935年(昭和10年) 丸子橋が架けられる。
1947年(昭和22年) 市長選挙が行われる。
1967年(昭和42年)等々力緑地内に陸上競技場が完成。
1972年(昭和47年) 政令指定都市になり、中原区が誕生
1983年(昭和58年) 中原平和公園が開園。総合自治会館が開館。
1988年(昭和63年) 市民ミュージアムが開館。
1992年(平成4年) 平和館が開館。
1994年(平成6年) 国際交流センターが開館。
1995年(平成7年) とどろきアリーナが開館。

(引用元:中原区の歴史

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