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中原区に遺跡?!徳川家ご用達の「小杉御殿」 の歴史をわかりやすく解説

小杉御殿

ライター:雅弘/masahiro


昔は存在したのに、今は無くなってると知った時、悲しくなりませんか?

歴史はそうやって紡がれていき、今も続いています。

この中原区にも、今は存在していませんが、昔は建っていた立派な建物があります。

歴史好きな私が勝手にPRする中原の遺跡、今回は「小杉御殿」について紹介します。

今では町名にまでなっている「小杉御殿」

この建物一体ナニ?!

「小杉御殿」とは?

「小杉御殿」は、今の小杉御殿町に建てられた御殿です。

そもそも、御殿とは身分の高い人の邸宅や造りが立派で豪華な家、将軍家が外泊する際に設けた施設のことを指します。

そしてこの「小杉御殿」、これは徳川将軍家専用の御殿です。

小杉御殿跡​
小杉御殿跡

かつて関東圏には9宅もの御殿があったと言われています。

中原区の由来は平塚の「中原御殿」?!中原区の歴史はこちらから

小杉御殿」はなぜ建てられた?

「小杉御殿」は1608(慶長13)年に徳川幕府第2代将軍・徳川秀忠によって建設されました。

主な利用者は徳川家康公だったようです。

では、この御殿はなぜ建てられたのでしょうか。

それは当時、東海道の整備がまだいき届いていない事が原因でした。

東海道は律令時代から存在していましたが、本格的な整備が始まったのは1600年に入ってから、つまり徳川幕府の治世になってからやっと整備が始まりました。

それまでの東海道は、京都を中心とする日本にとっては重要な土地ではなく、海沿いの街道であるため大きな川が障害として立ちふさがっており、女性などは中山道を好んでいたようです。

幕府が鎌倉に移った時もありましたが、その時は駅制が強化されただけでした。

律令時代に出来た交通制度。天皇がいらっしゃる京都と地方との連絡や通信を強化するために、駅屋や馬を配備した。

そして、「小杉御殿」で家康公が何をしていたのかと言うと、宿泊目的なのはもちろんのこと、鷹狩りなども行っていたそうです。

御殿は小杉だけじゃない!-神奈川県内にあった御殿

神奈川県には「小杉御殿」以外にも御殿が建てられており、

  • 神奈川御殿
  • 藤沢御殿
  • 中原御殿

の3つが建てられていました。

1つ目の「神奈川御殿」謎多き御殿です。

建てられた事は確かなのですが、いつどこに建てられたのかという正確な事が分かっていません。

理由として、1945年5月29日の横浜大空襲時に全て焼失してしまったのです。

今現在、正確な資料は残されていませんが見つかることを祈ることしかできません。

2つ目の「藤沢御殿」、こちらは「神奈川御殿」よりも正確な情報が残っています。

建てられたのは1596年頃ですが、その6年前の1590年頃には拠点や宿泊施設として御殿が建てられていました。

場所としては、現在の藤沢公民館と藤沢市民病院の間に建てられており、藤沢市民病院の前には「藤沢御殿」についのパネルが設置されています。

詳しい利用記録も残されており、1600(慶長5)年から1634(寛永11)年の34年間で28回利用されたと『慶長記』に記されています。

この間の利用者は家康、秀忠、家光の3人となっています。

3つ目の「中原御殿」、こちらも「神奈川御殿」よりも情報が残されています。

建てられたのは1596(文禄5)年、場所は現在平塚市立中原小学校が存在する場所にあり、校内には御殿跡碑が設置されています。

中原御殿より引用

この「中原御殿」や近くの平塚宿には黒松が植林されていたという記録も残されており、この林は「中原御林」として厳重に管理されていましたが、1796(寛政8)年以降に東海道本線の駅舎建築に使用するレンガを焼くための牧として刈りつくされてしまいました。

中原区の由来は平塚の「中原御殿」?!中原区の歴史はこちらから

雅弘/Masahiro
雅弘/Masahiro

今回は「小杉御殿」の事について調べましたが、とても楽しく調べることができました。

元々興味がある題材だったにしても,

徳川幕府の功績や意外と資料の少ない御殿など色々な事を知ることができました。

雅弘/Masahiro
雅弘/Masahiro

興味のあることと地元に何か繋がりはないのか?なんで繋がっているのか?何てことを思っていると自然と手が伸びていますし、話しの種も増えます。

騙すならまず身内からという意味ではありませんが、自分に近いものの事を知ってみるのも新たな発見に繋がるかも知れません。

関連:2分でわかる!川崎市中原区ってどんな町?―タワマンだけじゃない中原区の魅力を伝えます | なかはらPR (kawasaki-pr.com)

参考:東海道歩き旅・・・江戸時代の東海道を、歩いてたどってみました。 (kaidouarukitabi.com)

参考:家康も泊まった「神奈川御殿」は宣教師の宿舎になったの? – 武将愛 (busho-heart.jp)

※サムネイル画像(小杉御殿跡地の御主殿稲荷)引用元:新小杉開発株式会社

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